記事一覧

最上義光の史料を発見(山形県山形市)

 戦国~江戸時代初期の出羽の戦国大名・最上義光(もがみよしあき)が家臣・平清水下野(ひらしみずしもつけ)氏に与えた発給文書が最上家ゆかりの子孫宅で発見された。 見つかったのは慶長八年(1603)四月十一日の宛行状と、慶長十七年(1612)八月十五日の借用状の2点で、花押の形状や文字の見事さや紙質から、写しではなく原本の可能性が高いという。[産経新聞]...

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長岡南森遺跡(山形県南陽市)

 長岡南森遺跡で「二重口縁壺(にじゅうこうへんつぼ))」の破片などが発見され、同遺跡が古墳である可能性が濃厚になった。 明治時代の地形図「字限図(あざきりず)」にも前方後円墳の輪郭が残されていたためレーザー照射による3次元測量を実施したところ、墳長161~168mの前方後円墳の形状が確認されていたという。[産経新聞]...

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昭和時代の樹氷資料を発見(山形県山形市)

 市民からの寄贈品から、昭和時代初期の巨大樹氷(アイスモンスター)に関する資料が発見された。 昭和五年(1930)発行の専門誌「日本地理大系(山岳編)」に「粉雪と霧氷とが厚い衣を被(かぶ)せた」など樹氷の生成過程の記述、写真などが載っていたという。[毎日新聞]...

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山形城(山形県山形市)

 山形城跡で最上義光が城主だった安土桃山~江戸時代初期(16世紀末~17世紀初頭)の間に、城の本丸が焼失したことを裏付ける、金箔(きんぱく)が着いた鬼瓦など約2000点が新たに発見された。 義光が豊臣秀吉の大坂城や京都の聚楽第などにならって瓦ぶきを導入し、内外に権威を知らしめる白壁の城廓を築こうとしたとみることもできるという。[山形新聞]...

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天童古城(山形県天童市)

 戦国時代に天童氏が本拠にし、天正十二年(1582)に最上義光に落とされた天童古城跡で建物跡や青磁片などが発見された。 現地説明会は本日午後1時半から舞鶴山山頂駐車場に集合してから現地まで20分ほど歩くという。[山形新聞]※新発見以外の歴史ニュースは「歴史タイムッス」でどうぞ。...

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プロフィール

桜田史弥

Author:桜田史弥
日本史娯楽物語サイト「歴史チップス」の未来のネタ探しや過去記事の修正のため、歴史関連ニュースを確認しながら編集しています。

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