記事一覧

下森鹿島遺跡・中村遺跡(相模原市南区)

 下森鹿島遺跡と中村遺跡の竪穴建物跡で、平安時代(9世紀後半~10世紀初頭)の鍬(くわ)先や鎌などの鉄製品と鍛冶道具の砥石(といし)などが発見された。 建物は鍛冶工房とみられ、鍛冶作業に関連した工人集団が居住した可能性が大きいという。[毎日新聞]※新発見以外の歴史ニュースは「歴史タイムッス」でどうぞ。...

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入西石塚古墳(埼玉県坂戸市)

 入西(にっさい)石塚古墳で発見された古墳時代中期(5世紀後半頃)の大刀(たち)に、円形の模様(円文)があるのが発見された。 この時代の大刀に円文が確認されたのは、全国でも初という。[読売新聞]...

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川原田遺跡(福島県桑折町)

 川原田遺跡で平安時代(10世紀頃)の緑釉(りょくゆう)陶器片が発見された。 緑釉陶器の生産地は京都周辺や愛知県などで、東北地方での出土は珍しいという。[福島民報・gooニュース]...

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法養寺遺跡・横関遺跡(滋賀県甲良町)

 法養寺遺跡と横関遺跡で、飛鳥~奈良時代の竪穴住居跡2棟と掘立柱建物跡3棟や溝跡など集落跡が発見された。 また、複数の土器と銅銭「神功開寶(じんぐうかいほう)」も見つかったという。[京都新聞・共同通信]...

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名護屋城(佐賀県唐津市)

 豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点とした名護屋城にあった徳川家康陣跡で、主郭の北西部に続き、南東部でも新たに虎口(こぐち。出入口)とみられる石垣が発見された。 北西部と同様、ノミを使った石垣の整形は江戸時代前期の技術で、唐津藩初代藩主の寺沢氏が朝鮮出兵後に築き直し、周辺海域を監視する番所などに使った可能性がより高まったという。[西日本新聞]...

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入田稲荷前遺跡(兵庫県南あわじ市)

 入田稲荷前遺跡で、中国で紀元14~40年に鋳造され、弥生時代にもたらされた青銅製の貨幣「貨泉」3枚が発見された。 貨泉は今回を含め国内で179枚見つかっているが、複数枚が重なった状態で発見されるのは珍しいという。[共同通信・日本経済新聞]※新発見以外の歴史ニュースは「歴史タイムッス」でどうぞ。...

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百足城(岐阜県飛騨市)

 古川町高野の山城「百足(むかで)城」跡で、戦国時代のものとみられる石垣が発見された。 小ぶりの石材を用いていることや、石の積み上げ方から、飛騨の戦国大名・姉小路氏が築城した可能性が高まったという。[中日新聞]...

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堺市博物館(堺市堺区)

 堺市博物館所蔵の江戸時代初期(17世紀)制作とみられる「月次風俗諸職図屏風(六曲一双)」の下張り文書の中から、当時の美濃大垣藩に関する文書など約170件が発見されていたことがわかった。 藩主戸田家の江戸上屋敷普請に関するものや、佐藤与左衛門宛て年貢納取帳面など年貢に関する文書、藩士に支給する切米手形、大垣の表具師・吉兵衛宛の書状、讃岐高松藩の生駒騒動の裁決申し渡し文書などもあるという。[岐阜新聞]...

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退休寺(愛知県春日井市)

 大泉寺町の退休寺本尊・木造阿弥陀如来坐像が、久安二年(1146)に「尾張国中嶋郡北条鴾嶋郷(愛知県一宮市)」で作られたことが、像内で発見された銘でわかった。 平安時代の在銘像としては県内最古級で、発願者として「僧永澄(東大寺僧?)」、「賀茂氏愛子(美濃の豪族?)」の名があるという。[中日新聞]...

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平安山原B遺跡(沖縄県北谷町)

 平安山原B遺跡で発見された縄文時代晩期の東北を代表する「亀ケ岡式土器」様式とみられる土器片が、北陸や中部地方の人が西日本に来て作った可能性があることがわかった。 成分を調べた結果、約7300年前に西日本一帯に降り積もった鹿児島県沖の海底火山の灰を含んでいたという。[共同通信・琉球放送]...

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プロフィール

桜田史弥

Author:桜田史弥
日本史娯楽物語サイト「歴史チップス」の未来のネタ探しや過去記事の修正のため、歴史関連ニュースを確認しながら編集しています。

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