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慈恩寺(山形県寒河江市)

 慈恩寺の最上院墓地にある墓が庄内松山藩初代家老幾志与兵衛(きし・よへい)のものであることがわかった。
 幾志は田沢川大堰開削などを手掛け藩の振興に尽くしたものの、本藩である庄内藩と対立して延宝五年(1677)から4年ほど投獄、その後、谷地に居住し貞享元(1684)年十一月八日に亡くなったと伝わるが、晩年の記録は見つかっていないという。[山形新聞]
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桜田史弥

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